2005年09月10日

スピリチュアルいろいろ

昨日細木数子氏のテレビ番組をみていたら、自身が迷ったときに、
何に助けを求めるかというのを訊かれて、自身の守護神のような
ものから答えを受け取るとおっしゃっていたのだが、
それは、見たり聞こえたりするものではなくて、
心で読む(聞く)、と。
この、心で読むというのを、どう説明するかというのは
なかなか議論の分かれる所だと思います。

ただ、細木さんが言っていたように、見たり聞こえたりという
レベルでないことは、私もそう思っています。
たしかに、見える聞こえる、というレベルもあるのですが、
真実はもっと深い所にあると思えるのです。

ずい分前の話ですが、私はある事実を、単に「知ってしまった」
という体験をしたんですね。
「これこれは、こうゆうことであって、こうなる」ことを
まったく疑問の入る隙なく、信じるというのでもなくて、
言葉どおり、知ってしまったんです。

実はその時、私はその事実に逆らってしまいました。
知っていながら逆らうほど愚かしいことはないですね。
しかも、つまらない感情的なことで。

結果はもちろん、私が知ったとおりのことが起こるはずだった
けれども、それが起こる手前で、私が崩してしまったという
なんとも後味の悪いことが起こりました。

答えの受けとり方って、いろいろあるんだと思いますよ。
私の場合は、だいたいこうゆうかんじで受けとります。

話は逸れますが、亡くなった人からメッセージを受け取る、
という場合にも、そうゆうことがありますね。
今まで3回、真のコンタクトがあったのですが、実はその
方法は3回とも違うものです。

ただ一つ、共通していることは、お葬式の直後に、それが
起きていることです。

その中の一人ですが、ある明確なメッセージを私にくれた
のですが、その時は、とても不思議なことが起きました。

私はその時ずっと泣き続けていて、疲れ果てていました。
ふと眠りに落ちて、そして目覚めたときに、
それがきたのですが、はじめは、何のことなのか、
何が起きているのかまるでわからなかった。。。

それは言葉というのでもなくて、もちろん絵でも映像でも
声でもない。 概念、のようなものがなんだかある・・・
それを心で、まるで翻訳していくようなかんじだ。
ひとつ、ひとつを。言葉に訳していくようだった。

訳していくときに、私は何も考えていない。
何も考えずに、言葉を口にしていく。

最後まで言い終わったときに、初めて意味がわかった。
そして、それがどこから来たものなのかも。

あの不思議さは、感動的だった。
その後さらに感動的なことが起こったのだが、
それは一生の秘密。私だけの宝物なので言えません。ふふ。

この体験が、心で読むということと同じかどうかはわかりませんが。
・・・多分違いますね。
これは、魂のコンタクト、ですから。

たまにはこちらも★blogランキング★^^;


















この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/6769232
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。